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「NSP奨学生制度」終了のご報告
NPO法人ネクストステージ・プランニング(以下NSP)は、2021年より「NSP奨学生制度」を運営してまいりましたが、このたび、NPO(非営利団体)としてのの活動を終えるにあたり、合わせてこの奨学生制度を終了する事をご報告いたします。
2024年第1期が「該当者なし」になった事もあり、NSPの活動は3月末をもって終了いたします。
※NSPの活動終了に関する詳細はコチラをご覧ください。
NSP奨学生制度の成果
制度を運営してきた約3年間で、延べ18名の優秀な学生たちと出会う事が出来ました(残念ながら選出されなかった学生の中にも、興味深い人材は多くいました)。
NSP奨学生制度は、一般的なクラシック音楽関連の奨学金とは違い、「ただお金を付与して終わり」ではなく、期間中に毎月、「“公に発信が可能な”ブログや動画コンテンツを作成する」という課題がありました。
なぜこのような課題があったかというと、この制度は、「アーティスト・芸術家の育成」が目的ではなく、「『将来、音楽で社会に貢献する』という明確な意思をもちながら学業に取り組んでいる学生に対し、奨学金を支給」という趣旨だったからです(我々は「有償での職業訓練」という言葉を使用していました)。
そのため、奨学生たちが作成したコンテンツは、「個人の日記のようなブログや動画」「演奏技術をアピールする動画」とは一線を画し、より「誰かの役に立つ内容」になっていると思います(具体的には、奨学生たちよりもさらに若い世代が「音楽そのものに興味をもつきっかけ」になったり、「学生生活や演奏活動に役立てられる内容」になっていると思います)。
選出された優秀な学生たちも、初回の課題提出では「自分が発信したい事」「“私”が主人公になっている内容」に偏っているものが多かったのですが、「誰のために、なぜ、どうやって発信するのか」を明確にしていく事で、それを掴んだ学生の作品は、最終的には非常に良い出来となりました。
これらのコンテンツは今後もネット上に存在し続けますので、半永久的に働き続けてくれる事でしょう。
また、この延べ18名が今後の音楽活動や人生の中で、期間中の学びを活かしてくれる事により、何らかの社会貢献につなげてくれる事を期待しています。
この点は大きな成果だったと言えるのではないでしょうか。
残された課題は…
前述の通り、この奨学生制度は、「『将来、音楽で社会に貢献する』という明確な意思をもちながら学業に取り組んでいる学生に対し、奨学金を支給」という趣旨で運営してきました。
しかしながら、時間が経つにつれ、「留学生向け(海外留学中の日本人向け)の奨学金制度」のような誤まった認識が広まり、本来の趣旨から逸脱してしまった面があると感じています。
昨年9月に「NSP奨学生への応募を考えているアナタへ」という記事を発信し、「この制度が留学生のためだけではない事」をリマインドしたのですが、最後となった2024年第1期の応募者もほとんどが留学生でした(理由はもちろん「留学生だから」ではないですが、「該当者なし」とさせていただきました/理由は後述します)。
「留学生がNG」という事ではなく、これまで選出された学生の中に留学生が多くいたように、優秀な人材が留学生に多かったのは事実です。
しかしながら、「もっと国内の活動に目を向ける学生がいても良かったのでは」と思っています。
NSPでは「0歳から入れる親子コンサート」や「老人ホームでのミニコンサート」などを企画・運営してきました。
たとえば、「このようなコンサートを自分でも企画し、卒業後、(地方の)出身地で開催していきたい!」という想いは、正に『将来、音楽で社会に貢献する』事につながると思います。
そうした想いやモチベーションというのは、留学生でなくても(留学・一流アーティストになるというような夢や、留学するための援助や経済力をもっていなくても)十分可能だったのではないでしょうか。
この点も含め、「社会貢献」についての我々の考え方に、誤解をもつ学生が少なくなかった事も残念に思っています。
応募の際には「短期・中期・長期目標」を含む簡単な小論文と、5分程度のPR動画などの提出をお願いしていました。
傾向として非常に多かったのは(特に留学生に多かったのは)、目標が「国際コンクールで優勝する事」や「音大の教授・講師になる事」、PR動画が「演奏技術のアピールになっているもの」です。
もちろん、これらの目標や夢はとても素晴らしいですし、プロとして活動していくためには一定以上の演奏技術は必要になりますので、それ自体を否定しているわけではありません。
ただ、「NSPの奨学生制度の趣旨はそこじゃない」のです。
NSPはこれまでの活動を通して「プロの音楽家の多くは個人事業主、ビジネスである」と伝えてきました(僕が経営している「株式会社マウントフジミュージック」でも伝えてきました)。
参考記事:『音楽は“ビジネス”だ!』
参考記事:『アーティストと職業音楽家』
参考記事:『そもそもフリーランスとは?』
前述の通り、NSP奨学生制度は、「アーティスト・芸術家の育成」を目的としていません。
この点は一貫して伝えてきたものの、アーティスト・芸術家思考が強い学生が(特に留学生に)非常に多かった点は否めないかと思います。
誤解のないように強調しておきますが、「留学生やアーティスト・芸術家を否定しているのではない」事はご理解ください(僕自身も留学経験者ですし、自主制作のCDを出したり、ライブ活動のようなアーティスト活動を行っていました)。
現実問題として、どんなに優秀なアーティストにも「職業音楽家」としての側面はあり、「お金をもらって誰か(お客様)のために演奏をする」わけです。
歴史に名前が残る有名な作曲家でさえ、貴族のために作曲をしたり、演奏活動をしたり、ピアノを教えていたわけですよね(パトロンがいました)。
もしも現代で貴族のパトロンが付くとしたら、クラシックに理解のある大企業か資産家であって、今の言葉では「スポンサー」と言ったほうが正しいと思いますが、そんなアーティストになれる人は1%もいない気がします。
アナタにそれだけの「商品(ブランド)価値」はありますか?
現時点で「自分にどれだけ技術や才能があるか」や、「これからどれだけ伸びる可能性があるか」を、正確ではなくても、ある程度把握しておく必要があります(たとえ20代の学生でも「自己診断」する能力が必要です)。
たとえば、プロ野球やサッカーで何とか国内の1軍、J1に引っかかっているレベルで、大谷選手、三笘選手のポジションを目指すのは無理がありますよね。同じような状態で、NSPの奨学金も含め、どこかの団体や企業から、仕事もせずにお金を出してもらえるというのは本当に難しい事ではないでしょうか(相当に優秀でないと難しいのではないでしょうか)。
「演奏のみ」で社会貢献になり、奨学金を受給出来るアーティストは、超トップレベルの、ほんの一握りだと思います。
僕は、「音楽家を志す全ての学生は、アーティストと職業音楽家の違いや特長、メリットやデメリットを理解しておく必要がある」と考えています。
理解したうえでアナタがどのような選択をし、音大で学ぶか、卒業して生きていくかは個人の自由です。しかしながら、それを理解せずにただただ楽器の練習(だけ)をし、学校に通っている人が非常に多いのではないでしょうか。
この傾向は、一般大学や、音大でもジャズ科の学生に比べ、「クラシックのみを学ぶ音大生」に多いと個人的には感じています(一般大卒は、周囲に音楽以外を学び、就活をしている学生が多いから、ジャズ科卒でプロになる人は、ポップスやミュージカルなど、エンタメビジネスの業界に関わる人が多いからかもしれません)。
これは決して学生側だけの問題ではなく、音大側がカリキュラムの中で「ビジネス(お金)」「キャリア(一般で言うところの就職活動のようなもの)」について教える機会が少なすぎるからではないかと。
学校によっては少しずつ変わりつつありますが、残念ながら今の時代に合わない学校もあるようです(本来、特に私立大は学校自体がビジネスであり、経営がわかっていないといけないのですが)。
昨年は宝塚歌劇団の若い俳優さんが自殺し、劇団の先輩後輩関係の在り方、ブラック企業とも言える労働環境が問題となりました。その他、芸能界でも多くの闇の部分が炙り出される1年となりましたね。
これらの団体や業界は、「今の時代にアップデート出来ていない」と言えます。
なぜそのようになってしまったかと言うと「いわゆる一般社会と切り離された中で生きる事が出来てしまい、その業界内の閉ざされた常識がまかり通ってしまったから」です。
では、クラシックの世界はどうでしょうか?同じような問題が多々ありますよね。
「クラシック音楽」はもちろん「古典」であり、作品自体は素晴らしく、作曲家が譜面に書いた事をまずは忠実に再現するところに意味があります。この点は全く問題はありませんが、「クラシック業界」は今の時代に合わせ、もっともっとアップデートしていく必要があると僕は考えます。
クラシックやジャズの生演奏は、AI、デジタルの台頭もあり、今後マーケットが広がっていく可能性はかなり低いでしょう。
また、日本においては少子高齢化が問題となっていて、演奏会に足を運んでいる現役世代がさらに高齢化し、来場出来なくなり、子どもが減り、その子どもたちがデジタルな音楽ばかりを聴き、クラシックやジャズの生演奏に触れなくなった場合、現存のオーケストラや歌劇団も減るかもしれないですし、フリーランスの仕事も減るかもしれませんよね。
つまり、(クラシック)音楽を生業(なりわい)として生きていく事は、今よりさらに難しくなっていく可能性が高いと思います。
そんな中でどんな人材が生き残る、必要とされるかと言えば、「一般社会と共存し、それに必要な演奏以外のスキルも持ち合わせている音楽家」だと僕は考えています。
繰り返しになりますが、多くの音楽を学ぶ学生、プロを目指す学生は、「音楽で社会に貢献する(一般社会とつながる)」意識をもっと広い視野で捉え、アップデートしていく必要があるのではないでしょうか。
※ワールドクラスの実力があり、実際に結果を出し、スポンサーが付くレベルがありながらも一般社会とつながり、経営者の感覚までもっているのが反田恭平さんだと思います。
「社会とつながる」と言うのは、たとえば前述の「少子高齢化の問題」とか、「円安、物価高で食料品や日用品が値上げされ、コンサートどころではない人がたくさんいる」とか、「他国では戦争や紛争が絶えない」とか、もっと「社会全体で起きている事、これから起きるかもしれない事」に向き合い、そのうえで「自分は音楽家として何が提供出来るか」を考えて行動するという事。
ちなみに、奨学生の志望動機には「練習が忙しくてアルバイトをする暇がないから生活費の足しにしたい」という内容を書いている人がかなりいましたが(これも留学生に多かったですが)、反田さんがインタビューの中で「ファミレスや焼き鳥屋でアルバイトをしてみたい」と書いているように、本当にこのようなバイトをして、1,000円を稼ぐ事がどれだけ大変かを味わったほうが良いと思います(一般社会がどんなところかを体感したほうが良いと思います)。
それくらい音大生の多くは恵まれていて、アナタが思っている以上に「浮世離れ」し、「ハングリー精神」が欠けているかもしれません。実際にハングリーかはともかく、「ハングリー精神」が欠けている事は、かなり高い確率でその後の人生に良い影響がないと思います。
参考:『アルバイトをする? or しない?』A or B/あなたが選択すべき人生の分かれ道
NSPの活動そのものや、NSP奨学生制度では、「音楽で社会とつながる(Music Unites Society)」について一貫して伝えてきており、一定の成果を実感しているものの、伝えきれなかった課題や反省があるのも事実です。
奨学生制度の終了後も、NSPの「NPOとしての」活動終了後も、この点には真摯に向き合い、引き続き「音楽を通じた社会貢献」を目指してまいります。
この制度に関心を寄せてくださった皆様や、ご支援をいただいた皆様には心から感謝申し上げます。
※奨学生制度の終了とは少し話が逸れてしまい恐縮ですが、僕が執筆し、NSPで発行した『音大生のための“働き方”のエチュード』は、今後音楽家が生き残っていくために必要な情報がたくさん書かれています。Amazonなどで購入出来ますので、ぜひお手に取ってみてください。
特定非営利活動法人
ネクストステージ・プランニング
代表理事・音楽ディレクター 藤井 裕樹