Vol.1 可能性が無限大の“フリーランス”という生き方 / 佐藤秀徳さん(トランペット)

先日、川崎市宮前区の学校法人持田学園「有馬白百合幼稚園」の創立50周年記念大運動会のオープニングセレモニーで、50人編成のウインドオーケストラによる生演奏を行いました(詳しくはこちら)。

当事務所は、若い音楽家への演奏機会などの提供を趣旨にしていますが、このイベントでは50人の中に数人、30代後半から40代前半の現場経験が豊富なプレイヤーを招待させていただきました。

彼らは、演奏や音楽との向き合い方を通して、共演した若手に多大な刺激を与えてくださり、心から感謝しています。

今回から7回にわたって、その招待演奏者のインタビューを掲載します。

彼らは、音大卒のクラシック奏者だけでなく、ジャズやポップスも含め、幅広いジャンルをこなすプレイヤーや、留学や海外公演を経験しているプレイヤーなど、多方面でプロとしての高い評価を受けています。

“仕事がくる” 音楽家はどんな学生時代を過ごしていたのか?

そして、プロ生活をどう歩んで来たのか?

僕自身、彼らのインタビューに立ち会わせていただきましたが、7人にはそれぞれユニークな生き方があり、とても興味深い内容でした。

僕はこの「音楽家のサバイバル術」を通して、自分の生き方を強要したいわけではありません。

僕以外の7人のインタビューをシェアする事で、皆さんがより視野を広げ「自分なりの生き方」を見付ける手助けになれば幸いです!

Vol.1 可能性が無限大の “ フリーランス ” という生き方

佐藤秀徳さん・トランペット(東京藝術大学卒業/フリーランス)

―― 佐藤さんがプロになろうと思ったのはいつですか?

 母がピアノ教師で、小さい時から音楽には親しんでいました。合唱もやっていましたし、何か音楽の仕事をやりたいとは思っていましたね。小学校低学年のころから鼓笛隊の金管楽器を見てあこがれていて、5年生の終わりの引き継ぎでトランペットを初めて手にしました。その時点で完全に心をつかまれてしまって。みんながブーっていう程度にしか音が出せないのに、僕は最初から音階が吹けたんです。

 (才能があるのかと)勘違いしますよね(笑)。すぐに地元のジュニアオケに入りました。テレビでオーケストラの放送があれば欠かさず観るようになり、N響アワーでやっていた「展覧会の絵」を観て、これしかない!、オーケストラに入りたい!、プロになりたい!と思ったんです。音大に行くと決めたまさにその瞬間ですね!

―― 小学生時代からプロを目指し、藝大に進み、現在さまざまなフィールドで活躍中ですね。プロの道を順調に歩んで来たと思いますが……

 まさか! たくさん挫折してますよ。まず、藝大の付属高校を目指したのですが、不合格。また、家庭の事情で私立は難しいので、国立の大学しか選択肢がなく、1年浪人してようやく受かりました。しかし入ったら入ったで、とにかくハイレベルだったんです。未知の世界でしたね。着いて行くのに必死という4年間でした。

自分の出している音でお金をもらうという経験は、早いうちからするべき

―― 大学時代に得た経験で最も大きかった事は?

 藝大では、同期だけでなく、先輩も後輩も本当にうまくて。とにかく常に刺激があって、とてもいい環境でした。1年生の終わりころから、週末などに定期的に結婚式での演奏の仕事をいただくようになり、藝大以外の人と接する事が出来たのも大きかった。フリーランスの方もいらっしゃいました。この時期に出会ったご縁は卒業後も続いていて、今でもいろいろなお仕事をいただく機会がありますね。自分の出している音でお金をもらうという経験は、早いうちからするべきだと思います。その点で僕はラッキーでした。また、この事が「(自分も)プロでやれる」という自信につながるのだと思います。

自分の可能性を一つに絞ってしまうのはもったいない!

―― 卒業後、苦労した事はありますか?

 僕はずっとフリーランスですし、その時本当にやりたいと思う事をやってきたので、苦労したと思う事はあまりないんですよね。

 その時やるべき事、やりたい事のすべてに挑戦するのは、とてもメリットがあると考えています。一つの目標を目指してそれだけをコツコツやっていく事はとても素晴らしいのですが「これは自分の範囲外」として、いろいろ省いてしまう、あきらめてしまうのはもったいないかなと。いろいろやりましたよ。人と違う事をやるのは嬉しかったし、そこに魅力を感じていましたね。

―― その中でも特にユニークな経験は何ですか?

 「チャンチキトルネエド」のメンバーだった事は、僕にとってとても大きかったですね。これは、藝大の作曲科だった友人の本田祐也が作ったグループで、メンバーはクラシックメインの人もいればジャズの人もいました。

 クラシックともジャズとも呼べない音楽、しかし何とも言えない凄まじいインパクトがある。今もほかのフィールドの人との交流が出来ているのはそのおかげもありますね。このグループの活動は、僕の考え方も変えてくれました。(クラシックのように)決まりきった事がすべてではないという事を知りましたね。

―― プロになってからの転機があれば教えてください。

 そうですね。実は上京する前に、30歳になってもオケに入っていなかったら音楽を仕事にするのをやめる、と親に約束をしていたんです。オーディションはたくさん受けたけど、どれもダメでした。でも、卒業してからずっと、バイトもせずに音楽だけで何とか生活出来ていたので、続ける事を両親も納得してくれました。その年、結婚して子どもも生まれ、私生活も充実しました。妻は、アマチュアでヴァイオリンを弾いていた人で、理解があり「何とかなるでしょ」といつも言ってくれた。家庭をもってからですね、30歳の年を機に、いろいろな面で、だいぶ落ち着きました。子どもは6歳と4歳、2人います。収入は基本的には僕の活動だけです。

オーケストラ入団がすべてではない。可能性はほかにもたくさんある!

―― フリーランスの良いところは?

 「仕事は何をしていらっしゃるんですか?」と聞かれて、「トランペット吹いてます」と答えると、「普段は何をなさっているんですか」と聞かれる。これ笑い話ではなく、よくある会話なんです。

 世の中がフリーランスでトランペットを吹くという仕事に理解がないからなのかもしれませんが、僕的には、すべてが自分のスケジュールで動けるし、本当に何でもやりたい事が出来る。それが何よりですね。しかも僕の場合、いろんなフィールドで活躍している仲間が多くて、それは大きいですね。刺激も受けるし、楽しいです。

 ただ、フリーランスは正直なところ、低く見られる傾向があって、ギャラの交渉では信じられない単価を提示される事もあるんです。最近になってですが、そういう仕事は場合によってはお断りする事もあります。自分の価値を評価してくれる仕事でないと受けない。そうしないと、フリーランスの立場がどんどん悪くなっていきますから。

 今や現実的には、フリーランスが増えてきているんです。クラシックをやる人の中には、オーケストラのオーディションに受からなければ道が絶たれるという感じがあるかもしれないけど、そうではなくていろいろな道や方法はある。音楽の道で食べていける可能性はある。それを伝えたいですね。

音楽、楽器だけに向き合う期間を作る事。そして、夢を持とう!

―― プロになりたい人たちにアドバイスをするとしたら?

 「何とかなる」という気持ちが大事だと思います。これからどうなるかわからない世の中だし、初めからそれほどお金も稼げないしと思っていては、夢ももてないじゃないですか。

 僕自身のエピソードで言えば、卒業して引っ越す時に紹介されたのが、家賃が予算より2万円高い物件でした。でも、すごく気に入ってしまった。悩んでいる時に仲介の人が言った「背伸びして借りるのもいいんじゃないですか?」という言葉に背中を押されて決断し、その後7年間住みました。覚悟が出来たし、最低でも月いくら仕事しないといけないという計算も出来るじゃないですか。実際何とかなりました。

 それから、一度は音楽、楽器だけに向き合う期間を作る事。アルバイトをしないと生活出来ないと思うかもしれないけれど、試しに1ヶ月でもいいから、まっさらな状態で、音楽だけをやってみる事が必要なんじゃないかと。手帳が真っ白というのは本当に怖いです。でも、音楽で生きていくには何か仕事をしなきゃ、こなければ作らなきゃ、何をやったら仕事がくるのか、仕事になるのか、悩み、考える事になるでしょう。それによって自分の技量も見極められるし、腕も磨ける。そして何より、音楽だけで生きていけるかどうか、生きていこうと思えるかどうか、自分自身の「覚悟」に気付く事が出来ると思います。

佐藤秀徳

 福島県郡山市出身。東京藝術大学卒業。
 ソロからオーケストラ、ジャズ・ポップスミュージシャンとのアンサンブルなど多方面で演奏しているフリーランスプレイヤー。シアターオーケストラトーキョー(Kバレエカンパニー)、横浜シンフォニエッタ、東京金管五重奏団などに所属。アンサンブルノマドレギュラーゲスト。
 1999年~ライブパフォーマンスグループ「チャンチキトルネエド」(2013年活動休止)のメンバーとして海外公演や全国ツアーに参加し各方面から高い評価を得た。
 2013年NHK連続テレビ小説「あまちゃん」のレコーディングに参加。以後あまちゃんスペシャルビッグバンド(その後大友良英スペシャルビッグバンドに改称)のメンバーとして、全国各地での公演、レコーディング、新宿PIT INNでのライブなどで演奏している。
 2016年には、ギタリスト佐藤紀雄とのデュオBarchettaの活動もスタート。世界的にも珍しいデュオに注目が集まっている。
これまでにソリストとして、多摩ウインドオーケストラ、江戸川吹奏楽団、東京ガス吹奏楽団などと共演。
 故郷福島県では、ソリストとして多くの音楽団体と共演したほか、後進の指導にも力を入れている。2010年に福島県出身のトランペット奏者3人とピアニストでQuartet Made in Fukushimaを結成。県内での演奏を中心に東京や福岡での公演、CD制作など精力的な活動をしている。
 トランペットを栃本浩規、津堅直弘、杉木峯夫、関山幸弘、ヒロ野口の各氏に師事。

佐藤君と僕とは20年くらいの付き合いがあり、今回吹奏楽のメンバーを集めるにあたって真っ先に頭に浮かんだプレイヤーです。

僕は高卒でプロになったので、若干学歴にコンプレックスがあるのですが(笑)、僕のジャズやポップスでのマルチな活動や、作編曲のスキルなんかも評価してくれる数少ない友人の一人です。

今回のインタビューで、改めて彼の視野の広さを感じましたね。それがオンリーワンの音色や人間性ににじみ出ていると思います。

今回のイベントでも素晴らしい演奏をしてくれたし、ほかにもキーパーソンとなるプレイヤーを紹介してくれました。そういった人たちを惹き付ける、引き寄せるのもまた、彼の才能と言えるかもわかりません。

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