Vol.7 「好きこそものの上手なれ」好きならどんな苦労も乗り越えられる! / 福井健太さん(サクソフォン)

『輝く7人の音楽家たち』のシリーズもついに最終回となりました。
過去6人のインタビューも非常に興味深い内容ですので、ぜひ読んでいただきたいと思います。

これまでのインタビュー記事

さて、今回はサクソフォン奏者の福井健太さんです。

以前から共通の友人を通して名前は存じあげていたのですが、昨年からヤマハアーティストで結成されたZ EXPRESS BIG BANDで定期的に共演させていただいています(2017年10月29日の吹奏楽イベントでは、福井さんを含め、このバンドのメンバー4人に協力していただきました)。

クラシックもジャズも”話せる”福井さんはこのイベントには適任者でしたが、忙しい方なので断られるだろうと思いつつ、ダメ元で連絡してみたところ、奇跡的にスケジュールが合い、参加していただく事ができました。

比較的暇でも、ピンポイントでNGな場合もあるし、もの凄く忙しいのに、うまくハマることもあります。後者のような時にご一緒できる人とは「縁」を感じますね。長くフリーランスをやっていると、こういう経験が多々あります。

「運」や「縁」というのは明確な根拠があるわけではないですが、人生の中では大切にしておくべき要素だと僕は考えています。

Vol.7 「好きこそものの上手なれ」好きならどんな苦労も乗り越えられる!

福井健太さん・サクソフォン(東京藝術大学卒/フリーランス)

プロを目指して直接弟子入り志願!

―― 今回のイベントでの演奏はいかがでしたか?

 楽しかったですね!僕にも幼稚園年長の息子がいるんですが、こんなふうに大勢の子供たちに生演奏に触れさせるなんて、贅沢でうらやましいなと感じました。うちの子たちにも聴かせてあげたいですよ。自分が楽しめただけでなく、企画として素晴らしかったと思います。

―― ところで、福井さんが楽器を始めたきっかけは何だったんですか?

 両親が音楽好きで、静岡の実家にはピアノやエレクトーンがありました。父はヤマハで工業用ロボットの設計に携わっていたものの、ビートルズが好きでギターを弾いたりする人でした。

 僕はピアノを習っていたんですが、オーディオ好きな小学校の担任の先生がジャズやビッグバンドの録音を聴かせてくれて、その影響で、まずは金管楽器をいじるようになったんです。

 実際に触れてみてトランペットは難しいと感じたけど、サックスは音が出やすくて楽しかった。そこで、人生が狂ってしまったんです(笑)。

 それで、中学生になってすぐに吹奏楽部に入ってサックスを始めました。その最初の1年が楽しくて楽しくて。両親には、楽器を始めて1カ月くらいで、「自分はこれでやっていきたい」「プロになりたい」と言ってました。3カ月ほど毎日そう言い続け、やっと中1の8月くらいに楽器を買ってもらいました。

―― そのままサックスを続けてプロを目指すことになったんですね?

 中3の時、(のちの師匠の)須川展也先生の実家が静岡だと知り、浜松でクリニックがあった時に訪ねて行って、弟子にしてほしいと直談判しました。その時、師匠に言われたのが、「プロになるのは氷山の一角。ちゃんと演奏家としてやっていけるプロは氷山の一点だ」という言葉です。それに、「君はこのままアマチュアでやればスターになれるよ」とも言われました。選択肢を与えてくれたんですね。そう言ってもらえたのは、本当にありがたかったです。僕は、氷山の一点をめざす決心をしました。

 高校進学を考える時期になって、浜松唯一の音高に行きたいと父親に告げると、猛反対。大喧嘩になりました。その時まで、僕が本気でプロになろうとしているなんて思っていなかったようです。結局、両親とは進学校を目指すと約束することになりました。

 その後は、昼は楽器の練習で、夜は塾と家庭教師の掛け持ちで猛勉強という生活です。中3の冬まで吹奏楽コンクールに出ていましたが、なんとか志望校に合格しました。

 須川先生の出身校でもある藝大に照準を絞りました。須川先生のもとへ東京までレッスンに通い、やめていたピアノを再開したり、楽典やソルフェージュも、もう一度勉強し直しました。そんな僕を見て、今度は親も藝大に受かるのであればやればいいと言ってくれるようになりましたね。

 でも、入試では最終の視唱がダメで…。“また来年!”という結果でしたが、人より1年間余分に勉強できるという思いで浪人しました。その間、自動車免許をとり、上京資金を作るために楽器屋でアルバイト。店番の合間に楽器を練習し、仕事の後はお店の空いた部屋で練習させてもらいました。秋に上京が叶い、勉強やアルバイトをしながら2度目の受験で藝大に合格しました。

カリキュラムに縛られない学生生活

―― 藝大ではどんな学生生活を送っていましたか?

 いろいろな人がいて、とても刺激的でしたね。先生たちもそうそうたる顔ぶれですし。ただ、プロになるという意志は全くブレていなかったのですが、どうやったら食っていけるのかなという思いはいつも頭にありましたね。

 在学中は、鶯谷の「新世紀」というダンスホールで、30分のステージを6ステージこなして一晩数千円というバイトをやっていました。大学でタキシードに着替えてダンスホールへという生活です。

 そのころは先輩方に頼って、アドバイスをもらったり、仕事を世話してもらったりしましたね。

 「バリトンサックスを持っていると仕事が広がるよ」「安くていいから車を買っておけ」「パソコンの打ち込みソフトは使えたほうがいい」とか、いろいろ助言を受けて。実際に打ち込みのアルバイトでカラオケの伴奏を作ったりもしました。

 東京佼成ウインドオーケストラをはじめ、今日はN響、明日は新日本フィルと、在京オケのほとんどにエキストラで行きましたね。

“バイリンガル”な音楽活動

―― 卒業後はどんな活動をされたんですか?

 在学中からの流れでといっていいのですが、僕は、もともとサックスで“バイリンガル“を目指していて、この楽器で話せることはすべて話そうと思ってやってきました。

 ですから、吹奏楽やオケのエキストラのほか、ロックバンドのサポートをやったり、CDやTVなどのさまざまな録音にも参加したりと、マルチな活動をしました。よく「サックス界のウィントン・マルサリスになりたい」とか言ってましたね。

 僕より楽器が上手くても、器用貧乏になりたくないのでクラシック以外はやらないというような人もいると思います。でも僕は、器用貧乏でいいから好きなことをやりたい。いろいろなことをやることが楽しいですから。自分の好きなこと、楽しいことをやっていくことが、自信にもつながるのかもしれませんね。

―― ご結婚されてからは何か変化がありましたか?

 10年ほど前に結婚した時は、収入は不安定でも家内もヴァイオリン奏者として理解があったので、大きな変化はなかったですね。意識が変わったとすれば、息子が生まれてからでしょうか。息子には「父ちゃんはこういう仕事をしている」と知ってほしいし、「ウチの父ちゃんはサックスを吹いているんだ!」と誇りをもって言ってほしいです。

 より責任をもって仕事をするようになりました。息子がいいと言ってくれなければ、誰もいい演奏家だと言ってくれないと思いますから。

―― プロを目指している、あるいはプロとして歩み始めている後輩たちに一言いただけますか?

 自信を持てることをちゃんとやっていくことが大事です。その時、自信過剰でも自信過小でもいけない。

 特にフリーランスでやっていくには、売り込むことができなければダメで、自分に何ができるのかをわかってもらう努力が必要です。そのためには、自分はこんなことができるプロであると、(音や言葉で)はっきりと伝えなければいけない。

 僕が信じてきた言葉に「好きこそものの上手なれ」というのがあるんですが、どんなに苦しくても、好きであれば乗り越えられると思っています。

―― 福井さん自身の今後の活動についてお聞かせください。

 4年前に株式会社オンザビートという音楽制作会社を作ったんです。若い人たちがCDを低価格で作れるシステムにして、出版業もできるようにしてあります。「制作費だけもらうけど、自信あるものを演奏して全部売り切ってごらん」と言って。売り切れるだけの物を作る自信をつけてほしいんです。ジャンルやスタイルには全くこだわらず、これからも、CDを出していくつもりです。

 ほかに、BRASS EXCEED TOKYOという一般社団法人の吹奏楽団も主宰しています。そこでは年に2〜3回の定期演奏会を行なって、1,000人のお客様を前に、他ではやらないような演奏をしています。ウェブでも展開していて、YouTubeにあげた演奏では、現在200万回近く再生されているものもありますよ。

 今後は、やはり、プロデュースの仕事を今以上にやっていきたいです。必要なところに必要な音楽を発信できるように。忙しいですが、新しい事に出会える楽しみがある活動を続けたいですね。

福井健太

 静岡県浜松市に生まれ育つ。幼い頃から様々な音楽や楽器に触れ、中学時代にサックスに出会う。
 中学時代のライブ出演をきっかけに活動を開始し、B to E (バロックから演歌まで)をモットーにあらゆるシーンで活躍する演奏家としてリサイタル、コンサートやライブを国内外で展開中。スタジオワーク(録音)も多くTVドラマ、アニメーション、映画、TVCM、ラジオ、CD、DVDでの演奏は自分では把握できない本数に達している。様々な著名アーティストとのステージの他、指導者としての評価も高い。音楽制作にも携わり、音楽プロデューサーとして様々なアーティストのコンサートやCD作品、作編曲を手がけ「必要な音や音楽を必要なところへ」と意欲的に活動している。自身のレーベルよりCD TrioYaS-375「銀河鉄道の夜」山川寛子「Classical Melodies」サクソフォンカルテット 桜「桜のうた」、Quartet MADE IN FUKUSHIMAファーストアルバムなどを制作しリリース。ゲーム、アニメ「ガールフレンド(仮)」 楽曲提供(春宮つぐみCV高垣彩陽「全力!ヒロイン」作詞作曲) 最近の著書として「サックスをはじめよう」(DVD付き教則本、ヤマハミュージックメディア)「本当に役立つ!サックス練習法74」(リットーミュージック)が好評発売中。吹奏楽団 BRASS EXCEED TOKYOコンサートマスター。サクソフォンを須川展也に師事。東京芸術大学卒。

7人の奏者たちのインタビューはいかがでしたか?

この厳しい音楽業界において、7人全員が成功者だと言って良いと思いますが、”7人7色”の生き方があるということは感じ取っていただけたかと思います。

とはいえ、明日仕事がなくなるかも知れないという危機感も持ち合わせ、日々気が抜けないのも我々芸能関係の生き方でもあります。

時には真逆の考え方をされている場合もありましたね。

ある人は、自分から積極的にチャンスを作り出すし、ある人は、自然の流れにうまく乗っかり、来た仕事を忠実にこなしています。

ある人は自分の相場を下げないために、ギャラの交渉をするけど、ある人は提示された金額でそつなくこなしていきます。

またある人は、いろいろなジャンルに興味をもち、視野を広げていき、ある人は一つのことを追求しています。

果たして、どれが正解なんでしょうか?

『このブログに”正解”は書いていません!』

最初の頃にも書きましたが、正解かどうかを判断するのは「あなた自身」です!

この7人が通ってきた道は、彼ら彼女ら自身にとっては正解であっても、それをそのまま真似をして、あなたが成功する保証はありません。

「創造は模倣から」という言葉がありますが、特に若い人にとって、人生に迷った時、先人の歩んできた道はとても参考になります。楽器やメインにしているジャンル、ご自身の性格などによって選択肢は変わると思いますが、まずは真似をしてみるというのは悪い手段ではありません。

大切なことは、そこから自分流にアレンジする柔軟性です。

それが出来る人は、他人の人生ではなく、「自分の人生」を生きられるのではないでしょうか?後者の方が、有意義でストレスのない人生を歩めると僕は信じています。

音楽という素敵なツールに出会い、人生の一部を音楽に捧げた皆さんが、一人でも多く「自分の人生」を歩むことができたら、それを生業(なりわい)にしている我々先輩音楽家にとって、何よりの幸せといえるかもわかりません。

NPO法人ネクストステージ・プロジェクトは、皆さんの”Music Life”を応援しています!

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