NSU教育学部 Vol.11『情操教育』

新元号の「令和」が発表になりました!

昭和、平成よりもさらに良い時代になるためには、教育によって豊かな人材を育成していく事が不可欠ですよね。

さて、シリーズNSU(Next Stage University )教育学部第11弾のテーマは「情操教育」(じょうそうきょういく)についてです。

ウィキペディアによると、「情操教育とは、感情や情緒を育み、創造的で個性的な心の働きを豊かにするためとされる教育、および道徳的な意識や価値観を養う事を目的とした教育の総称」とあります。

ざっくり言えば、いわゆる国語、算数、理科、社会のような、教室の机に向かっての勉強ではなく、大自然で生き物に触れ合ったり、美術や音楽といった芸術に触れたりする事で心を育んでいく教育と言えるでしょうか。

このブログを読んでくださっている方の多くは音楽家、もしくは音楽家を目指している方だと思いますので、情操教育の重要性を知っておく事はとても大切だと思います。

音楽は二の次?

音楽って、衣食住と比べると二の次に扱われているイメージがありませんか?学校の授業の中でも前述の主要科目と比べると、同じように二の次なイメージがあるような気もします。

「なんで潰しのきかない音大なんて行くの?」

こんな事を言われた人もいるかもしれませんが、例えば音の無い世界ってちょっと考えられないというか、怖くて生活出来ないですよね(カフェやレストラン、美容院に入っても音楽は鳴っているし、電車の発車ベルも音楽だったりします)。

音楽は生活の中になくてはならないものです。

前回のブログ(→NSU教育学部 Vol.10『日本語教育』)で日本語教育について触れましたが、音楽家になっている人の多くは、国語や算数などの大切さは理解しているけど、それよりも音楽が好き、得意で、だからこそ音楽家としての道を歩んでいるんじゃないかと思います。

そんな皆さんは必ず、子どものころに「音楽っていいな、楽しいな!」って感じた体験をしていますよね。このような体験が、情操教育によってもたらされている場合もあるのではないでしょうか。

僕のかけがえのない体験

僕の場合は、小学生の時、学校の芸術鑑賞教室にプロのオーケストラの人たちが来て、体育館で演奏してくれたのを今でも覚えています。何の曲だったかまでは覚えていないですが、生の弦楽器を見たり聴いたりするのは初めてだったので、子ども心に「繊細でいい音だな!」と感じた記憶があります。

プロではないですが、小5の時、2つ上の兄が中学校で吹奏楽部に入り、トロンボーンの担当になりました。定期演奏会で初めて吹奏楽を聴いた時は、弦の入っているオケとはまた違う、管楽器の迫力に圧倒され、「自分も吹いてみたい!」と思いました。

高校生のころにワールドクラスのアーティストにとても良くしていただいた経験は、将来のアメリカ留学や、グローバルな価値観で物事を考える習慣へと繋がりました。

このような体験が無ければ(トロンボーンと出合っていなければ)、いまこの職業にすら就いていない可能性もあるのですから、部活動も含め、「僕にとっては音楽がいかに大切だったか」という話です(人によってはそれが美術の人もいれば、スポーツなど、さまざまです)。

発展途上国では…

日本の教育のあり方、部活動のあり方にもいろいろ問題があるとは言え、音楽の授業があったり、部活動がある日本は本当に素晴らしい環境なんです。

僕は数年前、フィリピンの貧困地域の子どもたちに音楽を届けるボランティアをやっていました。

貧困率が高い国や地域では、先ほども触れたように、まず「生きる事」が優先されます。音楽なんかやってる場合ではないんですよね。そういう環境では何かに感動する事も少なく、心が育ちません。結果、教育を受けられずに働かないといけなくて貧困のスパイラルから抜け出せなかったり、(生きるために)犯罪に手を染めてしまう子どもたちがたくさんいるのです。

音楽があれば犯罪は起きないとは言い切れないですが、お金だけではない、「心の豊かさ」を手に入れる事で、犯罪の抑止になったり、そこまでオーバーな話ではなくても、人としての成長、自立に何らかの良い影響がある事は間違いないと思います。

そんな音楽の素晴らしさをあなたが実感し、学校の先生であっても、先生ではなく音楽家であっても、それを早い段階で子どもたちに伝える活動(教育)が出来れば、日本も世界も、もっと豊かで平和な良い社会になるのではないでしょうか。

これからの音楽家のあり方は?

皆さんが目指している世界は(音楽家の存在は)それくらい素晴らしいもので、世の中の役に立つ事なんです!

僕が小中高で体験したような事は、きっと皆さんの中にもあると思います。ぜひ思い出してみてください。

「あの時のあの演奏を聴いたおかげで今の自分がある」

直接お礼を言ってもらえるシチュエーションは少ないかもしれないけど、誰かにそう思ってもらえる仕事って有意義ですよね。個人的には、SNSで「いいね!」をもらって自己承認欲求を満たすより、自分の演奏や存在自体で、「いいね!」をもらえなくても「あの人がいて良かったと感じてもらえる」人間になりたいと思っています。

オーバーかもしれませんが、これが「音楽家の存在意義」とも言えるのではないでしょうか。

教育は未来のためにあります。

これからテクノロジーが進めば、世の中からは管弦楽のような生演奏の仕事は必要なくなってしまう可能性もありますよね。ですが、ロボットの生産ではなく、感情を持った人間を育むために、私たちが生の音楽を届ける価値はもっと上がっていくと思うのです。

そんな中で人の心を動かせる音楽家や先生は、きっと居場所を失わないのではないかと僕は考えています。

→次回(シリーズ最終回)に続く