音楽家のサバイバル術A way for musicians to survive
音楽家だからこそ知っておきたいクレーム対応 | NSU経済・経営学部 Vol.10
NSU経済・経営学部は今回で最終回となります。最後のテーマは「クレーム対応」です。
皆さんは演奏や指導の現場でクレームを付けられた事がありますか?もしくは、何か商品を買う際にクレームを付けた事はありますか?
ビジネスをやっていれば、ある意味クレームは避けては通れない問題かもしれません。
クレームとは何か?
クレーム(claim)とは、「購入した商品・サービスに意見や不満をもつ顧客が、それを提供した企業などに対して問題点を指摘したり、苦情を述べたり、損害賠償を要求したりする行為。または、その内容の事」です。
似たような意味の言葉で「苦情」「不平」「愚痴」を意味するコンプレイン(complain)という言葉がありますが、こちらは日本ではあまり耳馴染みではないですね。
皆さんも日常生活で、一度はクレームを付けた事があるのではないでしょうか。
例えば通販サイトで何かを注文したら、商品が壊れていた。(服などのサイズや色が)違っていた。もしくは頼んだ商品ではなかった。飲食店で頼んだ商品が来なかった(遅かった)。虫や髪の毛が混入していたなど、さまざまな場面が想像出来ますよね。
通販であれば、「この商品をいくらで買います」とこちらが意思表示し、大抵の場合はクレジットカードや銀行振込などで「事前決済」をします。つまり、「売買の契約を結んでいる」という事になります。
飲食店の場合、事前決済ではなく、店を出る際にお金を払いますが、「この商品を頼んで(飲み食いして)後でお金を払います」という売買契約をしているのです。
新幹線は、在来線よりも快適で早いから、その分高い「売買契約」が成立します(大幅な遅延になると、払い戻しされる場合もあります)。
売買契約というのは、不動産賃貸のように契約書を書く場合だけでなく、身近で常に行われているのです。クレームは、この売買契約(約束)に対して、商品やサービスの質が劣っていた場合に起こりうるという事になりますね。
音楽家に起きるクレームは?
それでは、我々音楽家がクレームを付けられるのはどういったシチュエーションか考えてみましょう。
音楽家も、通販や飲食店、乗り物と同じく「サービス業」なので、提供する商品やサービスの質が劣っていた場合に起きる可能性があります。
・お客様の想像より演奏技術が低かった場合
お恥ずかしい話なのですが、NSPは僕がディレクターに就任する前は登録をすれば誰でもオーディションもなく仕事を受ける事が出来たので、「こういった案件があるのでやりたい人、連絡をください」と一斉メールし、最初に返信のあった人に現場に行ってもらっていたそうです。
皆さんの周りでも想像が付くかもしれませんが、音大生と言ってもいわゆる「ピンキリ」で、中には申し訳ないけど、お世辞にも上手いとは言えない人もいるわけです。そんな人は暇なので、真っ先に連絡が来る。なんの調査もなく早い者勝ちで現場に出してしまい、「すみません、素人が聴いてもちょっとこの演奏はないんじゃないでしょうか?」などと言ったクレームが来てしまうのです。
ちなみに現在はYouTubeでの事前審査を行うか、もしくは口コミで信頼出来る人から紹介してもらったりするので、このような事は起きていません。
音楽家募集・登録 | NPO法人ネクストステージ・プランニング
・社会的なルール違反があった場合
一番分かりやすいのは「遅刻」ですね。ごくたまに、体調不良や電車の遅延でリハーサルに1人間に合っていないといった事態があります。最近の台風などのような大幅なダイヤの乱れは許される場合もありますが、クライアント様はリハーサルからの拘束分も含めお金を払ってくださっているのですから、事前の約束と違う時間に来れば(契約と違えば)、クレームとなり、最悪の場合「約束した金額はお支払い出来ません」となってしまいますね(本番に穴を開けた場合はこの可能性が高いでしょう)。
時間、期限を守る/電話、メールなどできちんと連絡が取れる『フリーランスで成功するための“10の秘訣”』 Vol.3
レッスンの仕事の場合、大手の音楽教室は月謝に「設備使用料」などを含んでいる場合があるので、エアコンがきかない、蛍光灯が切れている、トイレが汚いといった環境要因でもクレームになる可能性があります。
講師側は、演奏以上に言葉を使うので、言葉遣いが汚いといったクレームも考えられます。
音楽家に不可欠な日本語教育 | NSU教育学部 Vol.10
クレームは必要な場合もある
誰もクレームを付けられて嬉しい人はいないのですが、悪い事ばかりではありません。
クレームを付ける人の中には、とても的確、適切なご指摘をされる方もいらっしゃるので、そういった方のご意見を真摯に受け止め、改善していく事で、サービスの質が向上し、あなた自身のスキルアップや収入のアップにも繋がります。
例えば、前述の音楽教室ですが、実際にエアコンがきかない、蛍光灯が切れている、トイレが汚いとクレームが来たとします。
設備費をきちんとこれらのメンテナンスに充て、エアコンは常に手入れされて快適な温度になり、蛍光灯が切れて暗いという事はなくなり、トイレも清潔になれば、当然生徒さんの印象、居心地は良くなります。そうなれば、退会する人が減り、結果、教室は増収が見込める事になります。
飲食店でも、「温かいはずのスープがぬるい」「昨日と今日で味が違う(ムラがある)」などのクレームがあったとして、真摯に受け止めて改善すれば、お店は繁盛店になるかもしれませんよね。
音楽家の場合でも、さすがに面と向かってお客様に「下手くそ!」と言われた事がある人は少ないと思いますが、「プロなんだからもう少し身だしなみ(ルックス)に気を付けたらどうですか?」などと言われ、改善することが出来れば、もう一歩上のステージにいける音楽家になっていくかもしれません。
音楽の仕事をするときはパッケージとサービスについて考えよう | NSU経済・経営学部 Vol.9
クレームの裏を読む
最近はインターネットの普及で、メールやSNSで気軽に(面と向かってではなかったり、匿名だったり)クレームを付けられるようになってしまったので、昔よりは増加傾向にあるのは間違いないですが、特に日本は、「あまり自分の意見をハッキリ伝える文化がない」ので、これでも欧米などに比べるとクレームは少ない気がします。
何が言いたいかと言うと、「実はクレームを言わなかった人(もしくは買わなかった人)の意見のほうが必要な情報の場合がある」と言う事です。
不平、不満があっても、本当の事を言わない人が多いからですね。
例えば、あなたの家の近くにあるラーメン屋に入り、頼んだラーメンが美味しくなかったとします。「マズイ!」までいかなければ(お腹が空いていれば)とりあえず、スープは残しても麺や具は全部食べたりしますよね。
ラーメン屋くらいの単価であれば、店を出る際に、「すみません、美味しくなかったんですけど、お金返してください」とクレームを付ける人、ほとんどいないですよね。皆さんの多くは、「美味しくなかった」と感じ、次から行かない(その商品を買わない)だけです。
このお店が「料金は適正なのに、なぜリピーターさんが少ないんだろう?もしかして美味しくないのかな?」と考え、味の改良に取り組めば良いのですが、そのままではいずれ潰れる事になります。
音楽家の場合も、(もしも本当に技術が足りなかったとして)直接「下手くそ!」とは言われなくても、「なぜ自分には仕事が来ないんだろう?(もしくは2回目に呼ばれないんだろう?)」と考え、練習を頑張れば売れっ子ミュージシャンになれるかもしれないですよね。
音楽教室でも、「スケジュールが合わなくなった」など、当たり障りのない理由を言って退会していく人が多いのですが、実は「この先生、教え方がうまくない、面白くない」など、別の理由が隠れている場合もあります。自己分析がきちんと出来ていないと、「生徒さんはみんな忙しんだな、まあ仕方ないか」で終わってしまい、この先生は成長せず、収入も不安定なままという事態に陥ってしまいます。
謙虚さ、感謝がある、謝罪が出来る『フリーランスで成功するための“10の秘訣”』 Vol.1
クレームを全て受け入れてはいけない
ここまで読んだあなたは、「クレームはありがたい、誠心誠意向き合って、改善しよう」とか「クレームが来なくても裏を読んで読んで読みまくるぞ」と感じたかもしれませんね。
よく聞く言葉で「クレーマー」というのがありますが、日本はクレームは少ないほうだと言っても、かなり自己中心的で、的確でないクレームを付ける人も一定数いるのは間違いないです。
例えば「○○社のスマホを買ったらすぐに壊れた」というクレームがあったとします。
「では、壊れにくいように丈夫なスマホにしよう」と考え、製品を改良したとします。でも、その結果、以前よりもかなり重くなったり、デザイン性が薄れてしまった場合、余計に売れなくなる可能性があります。
働き方改革の影響もあり、アルバイトの最低賃金は上がり続けていますが、仮に経営者がきちんと労働に見合った時給を支払っているのに、従業員がろくに仕事もしないにも関わらず「時給が安い」とクレームを付け、真に受けて上げ続けてしまったら、お店はどうなりますか?
それにより、サービスの質が上がって儲かるならともかく、以前と何も変わらなければお店の利益は減り、最悪の場合は潰れてしまいますよね。
音楽教室の場合、4人のグループレッスンだったとして、その中の1人が「曲が簡単過ぎて面白くないので、もう少し難易度を上げてくれ」とクレームを付けたとします。もしも残りの3人はちょうど良いレベルだと感じているのに、難易度を上げてしまったら、この残りの3人のほうが辞めてしまう可能性もあります。
このような場合はクレームを聞き入れず、「すみません、他の方にはちょうどいいようなので、合わせていただくか、他の時間帯の少しレベルの高いクラスに移っていただくか、個人レッスンを受講していただけないでしょうか」などと、提案、交渉をする必要がありますよね。
それでも納得出来ない場合、この生徒さんは退会するかもしれませんが、クレームを聞き入れ、残りの3人が辞めてしまうよりは損害が少ないわけです。
レッスン料に関しても、適正金額なのに「高い」とクレームを付けられ、下げる一方では生活出来なくなってしまいます。僕も時々、「その金額でそこまでのサービスは出来ません」とハッキリ伝える事もありますよ。
クレームを付ける人というのは「お客様は神様だ、何を言っても良い」と思っています。
ですが、この「お客様は神様」という言葉は、本来お客様のほうが使う言葉ではなく、良いお客様に対してお店や企業のほうが感謝を込めて使う言葉だと僕は思んですよね。
まとめになりますが、このように、クレームから学ぶ事はとてもたくさんあるので、今回の記事を参考に、あなたの人としてのスキル、音楽家としてのスキルや収入のアップに繋げてほしいと思います。
クレーム対応がうまくなるためには、この『NSU経済・経営学部』のシリーズでお伝えしてきた知識が必要不可欠になります。
個人事業主として、(Vol.1でも書いた)「お金を稼ぐ意識」を高くもち、演奏以外のノウハウをしっかりと身に付ける事により、職業音楽家として成功する確率は格段に向上するでしょう。
音楽家は今すぐお金を稼ぐ意識を見直そう | NSU経済・経営学部 Vol.1
ブログ休止のお知らせ
さて、最後にもう一つお知らせですが、NPO法人ネクストステージ・プロジェクト時代の2017年の2月から連載を続けてきたこの「音楽家のためのサバイバル術」ですが、今回をもって休止とさせていただこうと思っています。
若い音楽家が特に音楽業界で自立するために必要なノウハウは、だいたい伝えられたのではないかと思っています。無理やり続けて量を増やしていけば良いというものでもありません。
サービスというのは「量より質」です(場合によりますが)。例えばビジネス本や自己啓発本も、たくさん読めばその人の人生が変わるのではなくて、僕は「何かを読んで(セミナーを受けてでも良いのですが)、『本当に実行した人』が成功していると感じています。
このブログを読んで何かを得られると感じた人は、まずは「信じて行動してみる」事をオススメします!(ナイキのキャッチコピーの、まさに「Just Do It.」です!)
僕もまだまだ全ての事において有言実行ではないのですが、「自分の意思で行動出来る人」を目指したいですね。
このようなブログを書いていると、どうしても偉そうに見えてしまうし(笑)、ディレクターなどの肩書きがあると、なんか凄い人なのかな?と思われたりしますが、実際は僕もまだまだ未熟で、伸びしろが多いと思っています。
NSPでも、若い音楽家やスタッフからもたくさん学ばせてもらっています。
これからも、年齢や立場、性別、国籍などに関係なく、全ての人から学び、共存し、成長していきたいと思っています。
ちなみに、近々このブログを元にした「音大生のためのもう一つのエチュード」という本も出版される予定ですので、見かけたらぜひ手に取ってみてください。
前回記事:音楽の仕事をするときはパッケージとサービスについて考えよう | NSU経済・経営学部 Vol.9